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日 時:2024年7月4日(木)
訪問先:①前原しぼり工房(秩父郡皆野町)
②ちちぶ銘仙館(秩父市熊木町)
③新啓(あらけい)織物(秩父市中宮地町)
「衣の造形」部会では学会の会員である染織作家、前原悠子さんの工房「前原しぼり工房」の見学を企画しました。
工房は秩父にあるため、合わせて秩父銘仙の見学も行程に入れ「秩父伝統織物の旅」として企画しました。
総勢10名の参加でしたが、前原しぼり工房見学には新啓織物から3名、新啓織物見学時には前原悠子さんも参加し相互交流もできたようです。
① 前原しぼり工房見学
工房は秩父市の隣にある皆野町にあります。前原悠子さんとお母様の前原和子さんのお二人で運営されている絞り染めの工房です。
工房は御自宅の別棟にありました。
創業は大正初期。創業者は悠子さんの曾祖父である黒澤万蔵氏。万蔵氏は住民の約70%が織物業に携わり、全国的な名声を得ていた「銘仙」の機屋が数百件と軒を連ねていた秩父に身を置きながら、あえて稀少で高級とされていた「絞り」の分野を志しました。
京都の絞り職人から技術指導を受け、のちに「王紗絞り(おうしゃしぼり)」と呼ばれる独自の技法を考案しました。
悠子さんは4代目になりますがここまで来るには紆余曲折があったとのこと。
先代でお父様であった利之氏が早く亡くなり、妻の和子さんがこの技術を受け継ぎ、これを手伝う中で悠子さんもこの技術を継承することになりました。
前原しぼり工房では「平縫い引き締め絞り」と呼ばれる技法が使われています。
一般的な平縫い引き締め絞りが、縫い込んだ糸を引き締めることで絞りの模様を作るのに対して、王紗絞りで使われている「平縫い引き締め絞り」では白生地を織る段階で一定間隔に織り込んでおいた糸を手で引き締め、襞を寄せてゆくことによって、凹凸のある波のような絞り模様を作っていく独自の方法を採っています。
この緻密で細かい凹凸の模様が上品で風合いのある表情を醸し出しています。
工房の1階では染織の作業が行われています。昔ながらの大釜が使われていました。
2階では幾つかの絞りの作業を実演してもらい、その手法を再現していただきました。細かい作業を手早く進める悠子さんの手技に参加者の皆さんも感心していました。
工房見学後母屋に移り作品群を見せていただきました。制作している多くは直接お客さんからのオーダーによるものとのこと。お客さんの希望を聞きながら制作が進められています。
4代にわたり引きついできた柄に新しいものを加えながら作り続けています。
工房を訪問することによって独特な波のような絞り模様がどのように作られているかが良くわかり、またいかに手間がかかっているかもわかることができました。
毎年銀座で展示会も開催しているとのこと。機会があれば前原和子さん悠子さんの作品をご覧下さい。
② ちちぶ銘仙館見学
ちちぶ銘仙館は秩父織物、銘仙等に関する民俗学上貴重な資料を収集、保管及び展示し、伝統的技術を継承することを目的として設置された施設です。
本館やノコギリ屋根の工場棟などは、昭和5年建造の旧埼玉県秩父工業試験場を利用し、国の有形文化財にも登録されている昭和初期の面影が漂う建物です。建物だけでも一見の価値がありました。
展示資料室にはアンティークの銘仙やその他秩父の織物業に関する資料を展示。また技法などの紹介もあり秩父銘仙を知る上では貴重な資料館です。
糸繰室、整経場、捺染室、織場などもあり、後継者育成講座も行われています。現在も受講生の方達が技術習得に励んでおり体験講座も行われています。
秩父の染織を知る上ではかかせない資料館でした。
西武秩父駅から徒歩5分という立地ですので、秩父に行かれた際は是非訪問することをお薦めします。
③ 新啓(あらけい)織物見学
学会会員の米澤美也子さんと吉田つぢさんのご協力により見学が実現しました。
新啓織物は伝統工芸品である秩父銘仙の反物を織っている機屋さんです。
秩父市中宮地町にあります。
銘仙(めいせん)とは平織した絣(かすり)の絹織物のこと。
江戸時代の終わりに織子が自分用として着物を織ったのが始まりとされています。絹のくず糸が用いられたこともあり安価で着心地が良いことにより庶民に受け入れられました。大正から昭和のはじめ頃まで女性の間では普段着として着用されていました。
かつては全国で生産されていましたが、現在は足利、伊勢崎、秩父などで生産されています。
秩父地方は江戸時代から絹織物の産地として栄えた歴史があります。
秩父銘仙は「ほぐし織り」という独特の技法を使っています。
秩父地域出身の坂本宗太郎氏により明治41年特許が取得された技法です。そろえた経糸(たていと)に粗く緯糸(よこいと)を仮織し、そこに型染めをし、製織(せいしょく)する技法です。製織の際に仮織りした緯糸を手でほぐしながら織っていくため、「ほぐし捺染(なっせん)」や「ほぐし織り」と呼ばれています。
専門的に言えば「先染め」の「型染め」となります。世界的にみても「先染め」の「型染め」と言う技法は秩父銘仙だけではないでしょうか。
「先染め」とは糸の段階で染色を行いその後織り上げるもの、「後染め」は織り上げた後に染色を施すことを言います。
一方「型染め」は布を染める技法で型紙を使って染めます。布にしてから染めますので「後染め」になります。江戸小紋、琉球紅型、友禅などがあり、またインドネシアのバティックなども同様です。
ですから一般的には「先染め」の「型染め」というのは考えられないものです。
ところが秩父銘仙は紹介したように、経糸を10cm程度で粗く仮織りし経糸を固定し型染めをします。この後に仮に入れた緯糸を取りながら本織りをしていきます。
一般的に織り上がった布に型染めをしていくと裏と表ができます。ところが糸の段階で型染めをする秩父銘仙は裏表がないように染色できます。表が色あせてしまっても、裏を使って仕立て直しができるという大きなメリットがあり、長い間着られることから多くの人に広まりました。
また経糸の模様が緯糸の色と重なり合い深みのある色調を作ることができるという特徴もあり、緯糸の色合いを変えれば違った色合いの布にすることもできるという特徴があります。
訪れた新啓織物さんは、新井さんご夫婦と息子さんによる家族経営の小さな機屋さんでした。
自宅奥にある工場では昭和の時代を彷彿させる電動織機が何台も並んでいました。
訪問時はこれまでに無い暑い一日でしたが、丁寧に秩父銘仙の工程を説明していただきました。ほとんどの製品が自社で企画、デザイン、製造を行なっているとのこと。
長い間使われ続けている機織り機には独自の工夫も加えられており、柄を重ねて織り上がる工夫もこらしていました。
今では少なくなってしまったシャトル織機ですが織り上がった布には現代の大量生産のものとは違う自然な風合いや柔らかさがあり、こだわりのあるお客さんには今でもひそかに支持されているそうです。実際に見てみることでそれがわかった気がします。
工場の見学の後、母屋にて様々な製品を見せていただき説明していただきました。
反物だけでは無く、ストールやハンカチ、ポーチなども作っています。先代のおじいさまもお元気で顔を見せていただきました。
午後の暑い時間でしたが有意義な訪問でした。
今回の見学会は10時に西武秩父駅に集合、途中昼食を挟み17時半過ぎに西武秩父駅で解散するまで充実した見学会でした。学会の会員であり理事である米澤美也子さんが名付けてくれた「秩父伝統織物の旅」にふさわしい行程でした。
秩父は蕎麦も有名ですので、昼食には新啓織物さんに紹介していただいた蔵を使ったそば屋さん「そば処 英太郎」でいただきましたが、それも美味しく有意義な「秩父伝統織物の旅」になりました。
アジア民族造形学会「衣の造形」部会担当 (相葉 康之)
◎前原しぼり工房
埼玉県秩父郡皆野町
https://maehara-shibori.jimdosite.com
◎ちちぶ銘仙館
埼玉県秩父市熊木町28-1 Tel: 0494-21-2112
無休(但し年末年始は休業)
開館 9:00~16:00、料金:大人 210円
◎新啓(あらけい)織物
埼玉県秩父市中宮地町37-9 Tel: 0494-22-3140